年収の壁引上げにより影響を受ける可能性がある企業の家族手当・扶養手当の扶養基準

令和7年度の税制改正において、いわゆる「年収の壁」が見直されました。これまで、主に主婦パートなどが所得税を回避するため、年収を103万円未満に抑える「働き控え」が社会問題とされてきましたが、今回の改正により、この基準が123万円に引き上げられました。
この見直しは、企業が運用している家族手当・扶養手当の制度にも影響を及ぼす可能性があります。しかしながら、企業の労務管理において見落とされがちなポイントでもあるため、本コラムではその影響について解説します。

家族手当・扶養手当とは
家族手当・扶養手当は、法律で支給が義務づけられているものではありませんが、多くの企業が独自に導入している制度です。家族を扶養している従業員に対し、一定の条件を満たす場合に支給される手当となっています。
支給対象となる家族の範囲や条件は企業ごとに異なりますが、多くの企業では扶養か否かの判断基準の一つとして収入要件を設けています。具体的には、以下のいずれかの基準が採用されているケースが一般的です。
1.税法上の扶養に基づく扶養基準
2.社会保険上の扶養に基づく扶養基準

1.税法上の扶養に基づく扶養基準
税法上の扶養基準を採用している企業では、従業員が税法上の扶養に該当する家族を、家族手当・扶養手当の支給対象としています。たとえば、配偶者の場合、「配偶者控除」の対象となるためには、年収が103万円以下である必要がありました。

今回の税制改正により、この「年収の壁」が103万円から123万円に引き上げられます。就業規則(賃金規程)等において、支給基準を「税法上の扶養による」と明記している場合には、この改正により支給対象の年収基準も自動的に引き上げられることになります。

企業としては、この改正により支給対象範囲が広がるという認識で問題ないかを確認する必要があります。法令改正の趣旨や社会情勢を踏まえると、自動的な反映が望ましいと考えられますが、もし他の基準(例:後述する社会保険上の扶養に基づく扶養基準)に変更されようとする場合は、支給基準の見直しが必要です。

また、支給基準の変更がいつから適用されるのかについても、社内で明確にしておく必要があります。税法上の年収確認は年末(令和7年12月末)の収入を基に判断されますが、家族手当・扶養手当の支給開始時期を、
・令和7年1月に遡って適用するのか
・税制改正が正式に決定した時点からとするか
・年末の確認をもって翌月以降から適用するのか
といった具体的な時期で決定する必要があります。

一般的には、従業員から提出される「給与所得者の扶養控除等(異動)申告書」に基づいて判断する運用となるでしょう。今後、新入社員や家族構成の変更がある従業員からの申告書提出においては、新たな基準での判断が求められると考えられます。
いずれにせよ、社内での統一した見解と運用ルールを確認し、周知しておくことが重要です。

2.社会保険上の扶養に基づく扶養基準
社会保険上の扶養基準を採用している場合、健康保険の「被扶養者」に該当するかどうかで家族手当・扶養手当の支給が判断されます。この場合の基準は、年収130万円未満(60歳以上および障害者の場合は180万円未満)となっています。
そのため、今回の税制改正による「年収123万円への引き上げ」は、直接的な影響を与えません。

しかし、令和7年5月20日の速報記事「【速報】学生バイトの健康保険扶養基準150万円に引上げへ 厚労省」で取り上げたとおり、令和7年10月から、19歳以上23歳未満の学生(※被保険者の配偶者を除く)については年収150万円未満を被扶養者の基準とする見直しが見込まれます。

これにより、将来的には社会保険上の扶養基準にも変更が生じ、企業の手当制度に影響を及ぼす可能性があります。したがって、今後の法改正の動向に注目し、改正後はそれに応じた支給基準の見直しが必要となるでしょう。

さいごに
自社に家族手当・扶養手当の制度がある場合は、まずどの扶養基準(税法か社会保険か)を採用しているかを確認することが重要です。
今回の法令改正の影響を受ける場合は、支給ルールを再確認し、社内の統一した運用方針を策定するとともに、従業員や関係部署への周知を徹底し、混乱のない対応を心がけましょう。

<参考リンク>
国税庁「令和7年度税制改正による所得税の基礎控除の見直し等について」
https://www.nta.go.jp/users/gensen/2025kiso/index.htm
国税庁「令和7年度税制改正による所得税の基礎控除の見直し等について(源泉所得税関係)」
https://www.nta.go.jp/publication/pamph/gensen/0025004-025.pdf
e-Govパブリック・コメント「19歳以上23歳未満の被扶養者に係る認定について(案)に関する御意見の募集について」
https://public-comment.e-gov.go.jp/pcm/detail?CLASSNAME=PCMMSTDETAIL&id=495250041&Mode=0
厚生労働省「令和7年度税制改正の内容も踏まえ、「配偶者手当」の在り方の検討をお願いします」
https://www.mhlw.go.jp/content/11200000/001496664.pdf